大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)42号 判決

原告 大塚武三郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、昭和三三年行ナ第四二号事件(以下単に四二号事件と表示する。)につき「昭和三二年抗告審判第八〇二号事件につき、特許庁が、昭和三三年八月二〇日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、昭和三三年行ナ第四三号事件(以下単に四三号事件と表示する。)につき「昭和三二年抗告審判第八〇三号事件につき、特許庁が昭和三三年八月二〇日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、右両事件につき、各請求棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張

原告訴訟代理人は請求原因として次の通り主張した。

第一(特許庁における手続に関する事実)

(一)、四二号事件について、

原告は、昭和三〇年六月二六日旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号、以下同じ)第一五条第一類の外用水薬を指定商品とし、同年商標登録願第一七一八一号の商標(「PAPASHERIN」及び「パパシヱリン」の文字を二段に横書して成るもの)の連合商標として、「PAPASHELIN」のローマ字を毛筆書で横書し、その下に「パパセリン」の仮名文字を横書して成る商標の登録を出願し(昭和三〇年商標登録願第一七五三四号)、この出願は、昭和三一年二月二五日出願公告(昭和三一年商標公告第三五〇五号)されたが、右出願に対し、同年四月二四日には、訴外山之内製薬株式会社から「PAPAPHYLLIN」及び「パパフィリン」の文字を二段に横書して成る登録第四五六四四四号商標を引用して、同月一一日には、訴外武田薬品工業株式会社から、「PASACILIN」及び「パサシリン」の文字を二段に横書して成る登録第三八七六〇三号商標を引用して、それぞれ異議の申立あり、昭和三二年三月三〇日、原告出願の商標は、右各異議に引用の商標と称呼類似であるとの理由で、拒絶査定を受けた。そこで原告は、同年四月三〇日、特許庁に抗告審判の請求をしたが(同年抗告審判第八〇二号事件)、同庁は、昭和三三年八月二〇日、原告の抗告審判の請求は成立たないとの審判をし、その審決書謄本は、同月二八日原告に送達された。

(二)、四三号事件について、

原告は、昭和三一年一月六日、旧商標法施行規則第一五条第一類の外用水薬を指定商品とし、前記四二号事件の出願商標及び前記昭和三〇年商標登録願第一七一八一号商標の連合商標として、「パパセリン」の仮名文字を毛筆書にして成る商標の登録を出願し(昭和三一年商標登録願第一八六号)、この出願は、同年二月二五日出願公告(同年商標公告第八〇二九号)されたが、右出願に対し、同年五月三一日、訴外山之内製薬株式会社から、前記登録第四五六四四四号商標を引用して異議の申立があり、同年三月三〇日、原告の出願商標は、右異議に引用の商標と称呼類似であるとの理由で拒絶査定を受けた。そこで原告は、同年四月三〇日特許庁に抗告審判の請求をしたが(昭和三二年抗告審判第八〇三号事件)、同庁は、昭和三三年八月二〇日、原告の抗告審判請求は成立たないとの審決をし、その審決書謄本は、同月二八日原告に送達された。

第二(審決の理由)

右両事件の審決の理由とするところは、いずれも、前記山之内製薬株式会社の異議に引用された登録第四六五四四四号の商標を引用し、本件出願の各商標と引用商標とは、共に五音から成り、中間の第三音において「セ」と「フィ」との差異を有するに過ぎず、他の四音を全く同じくし、且つ、第三音は中間音で、他の音に比して微弱であるから、これら全体として呼称する場合、極めて相紛わしく、彼此混淆を免れない。本件出願の商標と引用商標とは外観の差異があるとしても称呼上類似のものであるし、又、両者は、共に具体的な意味を有していない造語と認められ、観念も極めて紛らわしいものと認めざるを得ない。以上の次第であるから本件出願各商標は、いずれも旧商法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ)第二条第一項第九号に該当し、登録すべきものでないというにあり、なお、四二号事件においては、前記武田薬品工業株式会社の異議に引用された商標については、原告出願の商標と前記山之内製薬株式会社の異議に引用された商標とが類似であるので、審決の結論に影響を及ぼさないから説明を省略する旨判示した。

第三(審決の不当な理由、たゞし、別段の附記をしたものの外は、すべて、四二号事件と四三号事件とに共通する主張である。)

第一点、本件出願の商標と引用商標とは、称呼類似ではない。

(イ)  審決は、商標の構成文字を一字ずつ区切つて称呼した点に不当がある。凡そ商標の類否判定の基準たるべき称呼は、その商標自体から自然に発生する無理のないものでなくてはならない。審決は本件出願商標をパ・パ・セ・リ・ン、引用商標をパ・パ・フイ・リ・ンと五音に、一音ずつ区切つて称呼しているが、これは不自然である。両者の冒頭は、「パパ」であつて、すなわち、PAPA(PaP'

パパ・セリン  対 パパフィリン

パパ・セ・リン 対 パパ・フィ・リン

で、前者は「パパ」の母音「ア」から「セ」の母音「エ」に、後者は、「パパ」の母音「ア」から「フ」の母音「ウ」から更に母音「イ」に続くもので、其の間に相紛らしさはない。もともと一名称の語尾に(特に本件指定商品たる薬剤の場合には)附した「ン」はいわゆる接尾語で、称呼の感覚は、呼ぶ者にも聴く者にも薄い。そこで本件商標を観察し、パパセリ対パパフィリで判断すると、パパは最も身近かな言葉であり、「セリ」と「フィリ」、「セ」と「フィ」とを我が国通用語に照して称呼すると、それぞれ異つた独立の言葉になつていて、その単語間に意味混淆はなく、従つて称呼から来る混淆はない。即ち。セリは、競、糶、迫、芹であり、フィリは不入斑入であり、フィは不意、布衣、セは背、瀬、畝、世、施である。

(ロ)  審決は、両商標の称呼を一連に称呼した場合の抑揚の相違を見のがしている。原告出願のものは平板式であるが、引用のものは、パパフィ(fi′)と上つてリンに続く起伏式であつて、判然相違する。

(ハ)  「セ」と「フィ」とは同行でないから、どう転訛しようとも、両者相混淆することはない。

(ニ)  審決は両商標を一音一音区切つて称呼した前提に立つているが、仮りにその前提をとるとしても、原告出願商標は五音であるが、引用商標は五音ではなくて六音である。「パパ」と「リン」の中間音は、前者は「セ」の一音でかつ五十音のサ行に属し、後者はハ行の「フ」から更にア行の「イ」に続く二音である。「フィ」を以て一音とする発声はわが国にはない。元来日本には、「PHY」の発音はない。例えば、「フィルム」Film(膜)を「ふヰ」の一音で、「フアン」fan(熱愛者)をfæ

故に引用商標は六音であつて、五音ではない。

第二点、上記両商標は、観念類似ではない。

審決は、両商標は、いずれも造語であつて、観念類似であるとしているが、その然らざることは、右第一点に説明したところによつても明らかである。両者の冒頭音「パパ」は父の擬声語であつて、「とうちやん」と世人に身近に感ぜられ、次に来る「セリン」「フィリン」によつて聴者は別々に感得するものである。前者は「おとうセリン」、後者は「おとうフィリン」と区別して記憶されるので、観念を同じくするものではない。

第三点、商標類否判定は、その取引界の現状に即してなされていなければならないのに、審決はこれをしていない。

凡そ、商品中薬剤の取引販売の社会的実情を見ると、その取引購買層は、他の商品と異り、普通以上の智識人であつて、普通以下の例えば幼児、未成年者、低能者がこれに当るものではない。それは、薬剤は病気ひいて人の生命に関係するものであるため、需要者は極度に注意を払うというのが実情である。このように、智識人が普通以上の注意を払つて取引があるいは購買する商品の商標であるから、一字一音でも理解され、仮りに一音の相違であつても区別されるのである。もともと商標甄別の標準を判断するには、その商標の使用される商品に関連するその取引者需要者層に着眼してこれをすることは、けだし条理であるし、また、従来特許庁で採用されて来た方針であり、なお、その趣旨の登録例が多数存する。

第四点、審決には、商標の類否を判定するに当つて実際使用の態様を参酌していない不当がある。商標は、商品に関する営業の得意の標識であるから、商標の類否を判定するに当つては、実際使用の態様を参酌しなければならない。本件商標は薬剤を指定商品としているのであり薬事法と密接な関係がある。ところが薬事法によると、必ず製造者販売者を表示することに施行規定を以て定められている。故に、原告出願の商標の実際の表示は「大塚パパセリン」であり、引用商標のそれは、「山之内パパフィリン」である。また、慣習上も「大塚のパパセリン」「山之内のパパフィリン」と称呼されるのが普通である。審決はこの点を無視して、単に構成文字の数を数えて類似としているもので、不当である。

第五点(この点の主張は四二号事件のみに関するものである。)

審決は、拒絶理由に引用されている前記武田薬品工業株式会社の商標「パサシリン」について何らの審理をしていないが、これは不当である。

第六点、第一類指定商品には、呼称一音の相違でも類似でないとする登録例が幾多存在する。現に被告が答弁において引用する「ズルアリン」(登録第三二二、二六六号)に対して、「ズルホリン」(登録第四二九、〇二六号)がある。その外、既登録例の中に中間音が「フィ」でないものでも非類似とされたものが幾多存在するが、それはしばらく別として、中間音が「フィ」であるもので、非類似として登録されたものの数例を挙げると別表二の如きものがある。

第七点、被告の、審決を正当なりとする主張は、結局、第一に、本件出願商標と引用商標とは、音調において類似し、第二に、審決の判断は経験則に適合し、第三に同判断は取引界の現状に適合するものであるというに帰する。しかしながら右の主張はいずれも誤つている。すなわち、五音中の中間音のみが異つて全体として称呼上紛らわしいとの審決の判断は、何ら証明された事実に基くものではない。このことは、前記(第六点)特許庁における登録が中間音の相違のみを以て商標を非類似としていることによつて明かである。殊に、大審院(昭和一四年(オ)第一四一二号、昭和一五年三月一六日大審院判決)が、中間音の相違ある二個の商標(「ロールブラツグ」と「ロイアルブラツグ」)を称呼上非類似と判示していること、特許庁(昭和三一年審判第四三四号、同三二年五月七日審決)が「ユーベン」と「ユーボン」とは、中間音の相違が全体として商標を非類似ならしめていると判示していることに徴しても、被告の主張は、商標類否判断の先例法則に反しているものである。又、被告の、「審決の判断は経験則にも反せず、取引界の現状にも反しないとの主張は、経験則又は取引界の現状から取り出されたものではなく、逆に、一つの仮説を設け、この仮説は経験則、取引界の実状に反しないと主張するものである。本件商標の如く、商品薬剤に使用される商標につき、これと引用商標とが取引市場で両立した場合混同誤認を生ずるおそれがあるかどうかを見るには、(イ)被告が答弁の中で主張している如き「セリン」「リン」の文字を使用する三二個の商標が併存使用され、(ロ)原告主張第六点の如く「中間音の相違」あるのみで登録された商標が併存使用され、(ハ)しかもこれらの間に混同誤認が生じ、現実に民事訴訟、刑事訴訟などが起されていないという事情を考慮する必要があることはいうまでもない。そして、かゝる事情の下では、本件両商標は、非類似で判断するのが正当である。従つて、これを類似と判断した審決は、論理法則、経験法則に違反しているといわなければならない。

以上の次第であるから、本件各審決の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

被告指定代理人は、答弁として次の通り主張した。

第一、原告主張第一の事実は争わない。

第二、原告主張第二の事実も争わない。なお、本願拒絶理由に引用した登録第四五六、四四四号の商標は、第一類化学品薬剤及び医療補助品を指定商品とするもので、昭和二八年一一月一六日の登録出願、同二九年一一月二七日登録にかゝるものである。

第三、(原告主張第三に対する反対主張、―別段の附記をしたものの外は、すべて、四二号四三号両事件に共通する主張である。)

第一点、原告主張第三の第一点は、いずれも、取引における商標の称呼に関する実験則を無視した議論である。原告は、審決は両商標の称呼を比較するのに、構成文字を一字ずつ区切つて称呼した点に不当があるというが、審決は両商標の称呼を全体として考察したもので、比較の便宜上これらを構成する一音ずつを対照したものに過ぎない。さればこそ、第三者は中間音であつて他の音に比して微弱であると認定しているのである。

原告は、両者の自然の称呼は、「パパ・セリン」と「パパ・フィ・リン」であると主張するが、これは独断に過ぎない。元来薬剤類の商標には、具体的な意味を有しない造語が多く採択されていることは、日常の経験が示す通りであつて、「リン」の音は、その軽快な印象から、これらの造語商標の語尾に採択される場合が極めて多い。「―――リン」と「リン」の音を尾音とする商標においては、必ずしも原告の主張するような区切り方を以て称呼されるものとは限らず、むしろ、「リン」の音がその前音と一体となつて特殊な意義を有する場合の外は、前音で区切つて、改めて「リン」と発音される場合の方が多いことは、前記のように、その特殊な語感から、商標の結びの音として採択される場合が極めて多い(既登録例の中から若干の例を示すと別表第一の通りである。)という事実からも認められるところであり、又、日本語の発音の特殊性(他の外国語のようにアクセントが明確でない。)から見て、五音から成る語は、最初の三音で小区切りをつけて、改めて後半の二音を発音するのが極めて自然であるから、本件出願の商標において、「パパセリン」と呼称することは、決して不自然ではない。して見れば、「パパセ・リン」と「パパフィ・リン」において、「セ」と「フィ」が中間の微弱音であるとするのが当然であるといわなければならない。なお、原告は、引用商標の称呼は五音でなくて六音からなるものであると主張するが、引用商標中の「PHY」は「fi」と発音されるものであることは明かであり、又仮名文字においても、この音に相当する文字は「フイ」ではなくて「フィ」である。

第二点、原告主張同上第二点の不当であることは明かで、特に答弁の必要もないほどである。

第三点、原告主張同上第三点は、要するに、薬剤については、取引者あるいは需要者によつて、商標の一字一音の相違でも区別される取引の現状に即して類否を判断すべきであるというに帰するが、その不当であることは論議を要しない。けだし、もし、仮りに原告主張の如くとすれば、薬剤の商標については、既登録商標との称呼上の類似は、出願商標の登録を拒否すべき理由とはならないということとなるからである。

第四点、原告主張同上第四点は、商標の類否を判定するには、実際使用の態様を参酌すべしというにあるが、わが国の商標法は、実際に使用している商標のみを登録するものではないから、所論は前提において、既に商標法を無視した見解である。又、薬事法の規定を援用しての原告の主張も当らないものであることは、同法第二条第一〇項、第四一条第二号及び第四四条の規定に徴して明かである。すなわち、薬事法は、医薬品について、その直接の容器又は被包に製造業者の氏名若しくは名称及び住所を標示すべき義務を課しているに過ぎず、商標自体に製造業者の氏名名称を附加して使用すべきことを規定したものではないから、右は商標使用の態様には関係のない規定である。又、「大塚パパセリン」「山之内パパフィリン」等の表示が商標使用の実態であるとの主張も実際を無視した見解である。取引の現実においては、製造業者、発売元等の住所氏名は商標の構成要素とはならないように、容器、包装等の一隅に小さく表示されているものである。

又、原告の主張の如くんば、薬剤については、既登録商標と同一又は類似の商標の出願といえどもこれを拒絶すべきではないという結果になるであろう。けだし、その主張によれば、薬剤の商標の実際使用の態様は、商標に製造業者又は販売業者の氏名名称を附加して使用するものであつて、他人の商標との混淆を生ずる筈がないからである。

第五点(この点の主張は四二号事件のみに関するものである。)四二号事件の審決において、拒絶査定の理由に引用された二商標の中その一について審理しなかつた理由は、原告も主張する審決理由に判示の通りであつて、審決取消の理由とはならないものである。

第六点、審決が本件出願商標と引用商標とが称呼上類似であるとした理由は前述の通りであつて、中間音のみを異にする称呼はすべて類似であると認定したものではなく、況んや「リン」の語尾を有する称呼はすべて互いに類似すると判断したものではない。

第七点、原告は、審決、判決及び既登録例を挙げて本件出願の商標が引用商標と称呼上類似でないとの主張の根拠としているが、商標類否の判断は、時勢の推移に伴い、指定商品の取引の実情に即応して考察さるべきものであつて、過去における登録の実例が、たとえ全く同一の商標について非類似と判断された事実があつても、これを以て、なお今日においても、両商標の非類似を必然ならしめるものではなく、況んや、原告の挙げる事例は、本件と事案を異にし、かつ、本件の場合と違つて、登録異議の申立なくしてなされる場合の審査手続の実情に鑑みれば、これらの事例を以て、たやすく、本件の場合における両商標の非類似を確定する根拠とはなし難い(東京高等裁判所昭和三二年(行ナ)第四八、四九号、同三四年三月三日言渡判決参照)。なお、原告は、両商標を類似であると主張する被告の主張は、如何なる証明された事実をも根拠とすることのない仮説に基くものであり、論理法則、経験法則に反したものであると主張するが、商標類否の判断は、必ずしも立証された事実を前提としなければならないものではなく、取引の実情に即応し、経験法則に従つて、なさるべきものである。而して、別表一の三二個の既登録例(被告がこれを答弁書に掲げたのは、本件の場合のように「リン」の語尾を有し、五音から成る称呼においては中間音は微弱音となる場合が多いことを示したものである)は、他の四音を全く同じくする本件の場合の類否判断の基準とならないし、原告主張の別表二の既登録例も、過去においてそのような商標が登録された事実を示すに過ぎず、これを以て本件の場合の両商標を非類似とする根拠とはなし得ないことは前述の通りで、況んや、同様な構成から成る商標であつて、両者を類似のものとして登録を拒否された事例と対照しないこのような証拠資料は、何ら原告の主張事実を立証するものではない。又原告の主張する別表二の商標間に民事訴訟、刑事訴訟などが起つていないという事実は、原告の単なる推測であるから、これを以て両商標類否判断の基準となし得ない。また、原告のこのような主張は、出願商標が引用商標と併存使用された民事刑事の訴訟が起つていない以上両者は非類似であつて、旧商標法第二条第一項第九号によつて登録出願を拒絶すべきではないというに等しく、その不当であることは明かである。

以上の通りであるから、本件各審決は正当で、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

三、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張一、二の事実はいずれも当事者間に争いがない。これら争いのない事実と、成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第一号証の一、二を綜合すると、本件各審決が原告の抗告審決の請求を排斥した理由は、原告の本件出願の各商標が、訴外山之内製薬株式会社が商標権者である登録第四五六、四四四号の商標と類似であるというにあること、本件出願の各商標も右審決引用の商標も、ともに旧商標法施行規則第一五条第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品とするものであること、本件各出願商標は別紙第一の一、二の通りの構成であつて、その自然の称呼は、いずれも「パパセリン」であること、引用の商標は別紙第二の通りの構成であつて、その自然の称呼は「パパフィリン」であること、なお、引用商標は、昭和二八年一一月一六日出願、同二九年一一月二七日登録にかゝるものであることをそれぞれ認めることができる。

二、よつて、右認定の本件出願の両商標と、引用商標との類否を検討する。

(一)、本件出願両商標と引用商標とは、外観上に差異があること明かである。

(二)、本件出願両商標と引用商標とに、いずれも、特別の意味を持たない造語であつて、特定の観念を表示するものとは認められない。尤も、「パパセリン」及び「パパフィリン」の各「パパ」は「父」の意を有する通俗語と同音であるので、これを読み又は聞いた者が、「父」という観念を連想することは考えられるが、「セリン」も「フィリン」も全く意味のない語であるため、「パパセリン」「パパフィリン」をそれぞれ全体として読み又は呼称する場合、特定の観念を連想又は形成することはない。従つて、この両商標は観念上区別することを得ず、従つて、互いに混淆する虞あるものといわざるを得ない。

(三)、次に称呼について考察する。

商標類否判定の基準たるべき称呼は、その商標自体から、自然に発生する無理のないものでなくてはならないことは、原告も主張する通りであるところ、本件出願両商標のそうした自然的称呼は、ともに、「パパセリン」であり、引用商標のそれは、「パパフィリン」であることは前記認定の通りである。よつて、この二つの称呼を対比考察するに、両者はともに五音から成り、前後の四音を全く同じくし、第三者の「セ」と「フィ」とが相違するだけで、しかも、この「セ」と「フィ」とは、ともに中間音で他の音に比して微弱なので、全体として呼称すると、両商標は互いに紛らわしく聞えることはこれを否定し得ず、殊に、取引の実際において行われるように、離隔的な観察の対象となつた場合、その紛らわしさが一層甚だしくなることは明かである。そうだとすれば、これらの商標が指定商品を同じくして使用される場合、相互に誤認混同の生ずる虞れがあることは明かであるといわなければならない。

(四)、しかるに、原告は、本件出願商標と引用商標とが称呼上類似でない旨ならびに、これを類似であると判定することは不当違法である旨るゝ主張するが、その主張はいずれも採用し難い。すなわち、

1、原告主張第三の第一点について、

商標類否判定の基準たるべき称呼は、当該の商標自体から自然に発生する無理のないものでなくてはならないことは、まさに原告主張の通りである。しかしながら、原告がここで主張しているところは、そうした無理のないものとはおよそかけはなれたものを基準とした所論であつて、到底賛成し得ない。又、原告は、審決が本件両商標を比較するのに、専ら「パ・パ・セ・リ・ン」「パ・パ・フィ・リ・ン」と一音ずつ区切つて称呼した前提に立つて観察した如く主張するが、その然らざることは、甲第二号証の一、二(審決書謄本)を通読することによつて明かである。

2、同上(ロ)について、

本件出願商標と引用商標との称呼に、原告主張のような抑揚の相違があるとは認められない。

3、同上(ハ)について、

商標の称呼上の類否の判定は、単に一個の音の混淆の有無のみを論ずるものではないから、所論のような事実から、たゞちに本件出願商標と引用商標とが称呼上類似するものではないとはいわれない。

4、同上(ニ)について、

引用の商標の自然的称呼は「パパフィリン」であると認めるべきことは前段認定の通りであつて、これを、「パパフイリン」又は「パパフイルリン」であるとする所論は、既にその前提において誤つており、採用し難い。

5、同上第三点について、

商標類否の判定は、取引界の実状に即してなさるべきだとの所論の前提は、正にその通りである。しかし、薬剤は、普通以上の知識人だけによつて取引されるとか、商標の一字一音までも誤りなく理解された上で取引されるとかいうことが取引の実状であるということは、日常の経験としては到底首肯し難く、かつ、特別の立証もないところである。従つて、そうした事情を商標類否の判断の基準とすることはできない。

6、同上第四点について、

商標の類否を判定するには、商標自体の対比によるべきであつて、商品の製造者又は販売者の氏名商号の如きは、それが商標の構成部分を成している場合ならば格別、そうでない場合には、これを併せ考察すべきものではない。取引の実際において、仮りに所論のように、取引上、商標とともに、製造者又は販売者の氏名もしくは商号をも併せ呼称する事実があるとしても、右結論に影響はない。又、薬事法が、医薬品の標示の中に、同法第四一条各号に定めるその他の記載事項とともに、その医薬品の製造業者の氏名もしくは名称を表示することを定めているのは、同法独自の取締上の必要に基くものであつて、これらの規定のあることから商標類否の判定に製造業者の氏名もしくは名称をも併せ考察すべしとの結論を生ずるものではない。

7、同上第六点について、

旧商標法施行規則第一五条第一類の指定商品中に、呼称一音の相違では類似ではないとして登録されている例として、所論「ズルアリン」と「ズルホリン」とが存することは被告の明かに争わないところであり、中間音に「フィ」を有するもので、中間の一音のみが相違するもので、非類似として登録された例として、別表二に表示するものが存することは、成立に争いのない甲第三ないし一〇号各証によつてこれを認めることができる。しかし、かような特許庁における既登録の実例はいずれも本件と事案を異にするものであるし、特許庁における登録例が、法律上先例として拘束力を有するものでもないから、そうした既登録の存在することを以て、本件の場合出願商標が引用商標と類似ではないとすることはできない。

8、同上第七点について、

本件出願商標と引用商標とが相類似するものであることの理由は、前段で説明した通りであつて、特に証拠によつて証明すべき事実又は鑑定その他の証拠によつて明かにすることを要する特別な智識ないし経験法則を用いるまでもなく、吾人の五感の作用及び日常生活における通常の経験だけでも判断し得るところである。そして、所論大審院判例は、事案を異にして本件に適切でないものであるし、所論各特許庁における既登録の実例も、事案を異にするばかりでなく、先例として法律上拘束力を有するものではなく、又、所論各登録商標が併存使用されているために民事訴訟、刑事訴訟が起つたことがないからといつて、取引上商標の混同誤認が起つたことがないとはいわれないことはもちろんであるから、そうした訴訟発生の有無を明らかにすることなくして、本件出願商標が引用商標と類似であると認定することを以て経験法則違背ということはできない。

三、なお、原告は、四二号事件につき、審決は、拒絶理由に引用されている武田薬品工業株式会社の登録商標(登録番号第三八七六〇三号)について何らの審理をしなかつたのは違法である旨主張するが、既に、他の引用商標との対比によつて、本件出願商標を拒絶すべきことの結論に到達した以上、右の商標について審理をするとしないとは、審決の結論に影響を及ぼすことができないものであるから、この点の審理をしなかつたことは違法ではない。

四、以上の次第で、四二号事件、四三号事件とも、原告の本件出願商標は、旧商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものであるから、これと同旨に出て、原告の抗告審判の請求を排斥した審決は相当で、原告の本訴請求は、いずれも理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

(別表省略)

第一の一

PAPASHELIN

パパセリン

第一の二

パパセリン

第二

PAPAPHYLLIN

パパフィリン

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例